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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(あ)2199号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人らを各罰金三万円に処する。

被告らにおいて右各罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審及び第一審における訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

(本件の経過)

本件公訴事実の要旨は、

被告人長谷川賀彦、同永島金八郎の両名は全逓信労働組合(以下「全逓」という。)中央本部執行委員、同宇野鎗一は全逓愛知地区本部執行委員長、同大塚鎮一は全逓名古屋郵便局支部長で、いずれも郵政事務官であるところ、昭和三四年一二月三日午後二時一五分ころから午後一〇時三〇分ころまでの間において、名古屋市中村区笹島町一丁目二二五番地名古屋中央郵便局作業棟四階小包郵便課受入作業室で、全逓組合員柴田彦左衛門らと共謀のうえ、受入係事務補助員鈴木淑雄ら数名が、小包課長三輪喜義の指示により、年賀予備室に保管中の滞貨小包郵袋約一四〇個を西隣りの受入作業室に運搬して受入開袋するため、そのうちの一五、六個を運搬車に積載して年賀予備室西北隅出入口から搬出しようとするや、その前面に立ち塞がり、これを押し返して搬出不能にし、さらに、三輪課長らが自ら郵袋を搬出するため受入作業室から年賀予備室に入室しようとするや、その前面に多数とともにスクラムを組むなどして入室を不能にし、もつて威力を用いて国の行う郵政業務を妨害し、かつ、その間数回にわたり同郵便局の管理者である局長庄司清らから局外に退去すべき旨の要求を受けたにもかかわらず、これを拒否して退去しなかつた、

というものであつて、右の事実は、威力業務妨害罪及び不退去罪に該当するとして、起訴されたものである。

第一審判決は、右公訴事実に沿う外形的事実を認定したが、威力業務妨害の点については、当時労働基準法三六条に基づく時間外協定の締結及び年末首繁忙業務処理に関する取決めがなされていなかつたので、全逓組合員には年末首繁忙業務に属する本件臨時小包便を取り扱う義務がなく、これを取り扱わせようとする管理者側の行為は、違法な業務を強いるものであつて、刑法二三四条の保護する業務に該当しないし、かりに右の業務に該当するとしても、それは公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項の「正常な業務」とはいえないので、これを阻害した被告人らの行為は、同条項の禁止に違反するものではなく、労働組合法(以下「労組法」という。)一条二項にいう「正当な行為」として違法性を阻去されるとし、また、不退去の点については、右のような違法な業務を阻止して労働条件の維持向上を図るためにされたものであるから、憲法二八条により保障される正当な組合活動であり、違法性を欠くとして、被告人ら全員を無罪とした。

第一審判決に対し、検察官から控訴があつたところ、原判決は、威力業務妨害の点については、本件臨時小包便の搬出は、全逓との団体交渉を経ないままなされたもので不相当であるが、やむを得ない措置であつたから、刑法上保護されるべき業務にあたり、かつ、被告人らの本件行為は、公労法一七条一項に違反するものではあるが、本件臨時便不取扱という闘争目的においても、そのためにとられた手段においても、違法不当な点はなく、その影響も約九時間の郵便物処理の遅延であつて国民生活に重大な障害を及ぼしたわけではないので、労組法一条二項にいう「正当行為」として違法性を欠くし、また、不退去の点については、管理者側の搬出業務に対する前記阻止行為に当然随伴するものであつて、目的においても、手段、態様においても、違法不当とはいえないので、社会的に相当なものと認めるべきであるとして、第一審判決の結論を維持し、控訴を棄却した。

これに対し、検察官の上告趣意は、威力業務妨害及び不退去の点につき、いずれも最高裁判所の判例違反と労組法一条二項の解釈適用の誤りを主張する。

(当裁判所の判断)

原判決は、東京中郵事件判決(最高裁昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決・刑集二〇巻八号九〇一頁)に示されたところに従い、公労法一七条一項違反の争議行為であつても労組法一条二項の適用を受けるものと解したうえ、被告人らの行為は違法性を欠くものと判断しているのであるが、その後、当裁判所は、名古屋中郵事件判決(昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁)において、右判例を変更し、公労法一七条一項違反の争議行為については労組法一条二項の適用がなく、このように解しても憲法二八条に違反しない旨の新しい見解を示した。そこで、まず職権により、この新しい見解のもとで原判断が維持されるか否かを検討する。

原判決及びその支持する第一審判決が認定した前記事実は、威力業務妨害及び不退去罪の構成要件に該当し、かつ、いずれも公労法一七条一項に違反する争議行為であるから、他に特段の違法性阻去事由が存在しない限り、その刑法上の違法性を肯定すべきものである。原判決が違法性阻却を認めるうえで根拠とした、本件行為の目的、手段、影響のいずれの点も、その根拠となるものではなく、他に法秩序全体の見地からみて本件行為の違法性を否定すべき事由は見当たらない。したがつて、原判決は明らかに法令の解釈適用を誤つたものというほかなく、その違法は原判決に影響を及ぼしており、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

(結論)

よつて、上告趣意に対して判断するまでもなく原判決及び第一審判決は刑訴法四一一条一号により破棄すべきものであり、なお、直ちに判決をすることができると認めて、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決する。

原判決及びその支持する第一審判決が証拠により適法に認定した事実すなわち理由の冒頭記載の公訴事実と同一の事実(第一審判決掲記の証拠による。)に法令を適用すると、被告人らの所為のうち、威力業務妨害の点は、刑法二三四条、二三三条、六〇条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号、二条一項(刑法六条、一〇条による。)に不退去の点は、刑法一三〇条、六〇条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号、二条一項(刑法六条、一〇条による。)に、それぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として、重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人らを各罰金三万円に処し、被告人らにおいて右各罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、原審及び第一審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条によりこれを被告人らに連帯負担させることとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 吉田豊 本林譲 栗本一夫)

検察官岡嵜格の上告趣意《省略》

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